生年月日1965年6月24日
出身地:徳島県

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🌑 他宗の誤りを指摘し、日蓮正宗の正義を明らかにする

仏法は、正しい教えを守り抜くことでのみ功徳が現れ、
誤った教えに従うと、どれほど熱心であっても成仏の道から外れてしまいます。

日蓮大聖人は、この真理を
四箇の格言(破和合僧・邪師邪教・誑惑衆生・与同罪)
として、厳しく示されました。

ここから、他宗の誤りと日蓮正宗の正義を整理します。


■ ① 血脈を失った宗派は、正しい教えを伝えられない

日蓮大聖人は御書で、

「大師を識らざれば大法を識ることなし」

と断言されています。

大聖人の仏法は、
日興上人・正統相承の血脈によってのみ継がれる
というのが日蓮正宗の根本です。

ゆえに——

  • 血脈を持たない宗派
  • 勝手に解釈を変えた団体
  • 御本尊の出所が不明な教団

これらは、いくら「日蓮」と名乗っても
大聖人の仏法とは無関係になります。

正しい御本尊がなければ、
正しい成仏は決して叶いません。


■ ② 本門の本尊を否定・改変する教えは「邪師邪教」

日蓮大聖人は、弘安2年に
本門戒壇の大御本尊
を御図顕されました。

これは末法万年を救うための“唯一無二の御本尊”であり、
日興上人以来、代々の御法主上人によって受け継がれてきました。

ゆえに、

  • 戒壇の大御本尊を認めない宗派
  • 自分たち独自の御本尊を作る団体
  • 書写の形式すら乱す教団

これらはすべて、
大聖人の御精神に背く「邪教」 となります。

本尊を誤れば、信心の根本が崩れます。


■ ③ 題目だけ唱えればよいという考えは、御書の否定

「南無妙法蓮華経を唱えれば何でも救われる」
この考えは一見正しいようで、実は重大な誤りです。

御書には、

「正しい本尊に向かって唱えよ」
「師弟の血脈なくして成仏なし」

と明確に説かれています。

つまり
正しい本尊 × 正しい血脈 × 正しい題目
この三つが揃って初めて、成仏の因が具わるのです。

ゆえに、

  • 本尊が違う
  • 師弟が違う
  • 教義が違う

のに“題目だけは同じ”という宗派は、
大聖人の仏法とは根本が異なります。


■ ④ 他宗は「方便」でもなく「別の救い」でもない

俗に「宗派は好みで選べばよい」と言う人がいますが、
大聖人の仏法においてはそうではありません。

開目抄では、

「正像未弘の法華経は今の時の機に非ず」

と断言され、
末法に救う教えは「本門戒壇の大御本尊」以外にない
と明かされています。

ゆえに——

他宗は「他の救い」ではなく、
“成仏できない道” です。

ここにこそ、四箇の格言の重さがあります。


■ ⑤ 日蓮正宗は「唯一、御本仏と血脈がつながる宗門」

大聖人の仏法は、
大石寺に受け継がれた唯授一人の血脈
によって、今日まで守られています。

  • 正しい御本尊
  • 正しい血脈
  • 正しい戒壇の法義
  • 正しい僧俗の和合
  • 正しい破邪顕正の精神

これらが完全に残っているのは、
日蓮正宗ただ一つ です。

この一点を見れば、
大聖人が誰に仏法の未来を託したかが明らかです。


🌸 結び

四箇の格言に照らして、他宗の誤りを見極めることは、
攻撃ではなく “正法を守る慈悲の行為” です。

そして、日蓮正宗の信徒は
正しい御本尊に南無妙法蓮華経を唱えることで、
大聖人の御境涯と一体となり、
確かな成仏の道を歩んでいます。

私の思い🌸

私は、日蓮大聖人の仏法に出会えたことを、生涯の中で何よりの幸せだと感じています。
もし、この正法に触れることなく生きていたなら、何が正しく、何が誤りなのか――
その基準さえ持てず、迷いの中をさまよっていたに違いありません。

末法の今、私たち衆生の罪業は深く、正しい教えに背を向け、
疑い、信じようとしない姿があまりにも多く見られます。

しかし、大聖人様の御心は厳しさではなく「慈悲」にあります。
正法に背くことが、どれほど大きな苦を招くかを知りながらも、
それでもなお、衆生を救おうとされる御本仏の大慈大悲。

だからこそ、私たち信徒は、ただ黙って見ているのではなく、
一人でも多くの人に正法を伝え、
迷い苦しむ人々を救っていく責務があるのだと思っています。

勤行・唱題を根本に、大聖人様が示された正しい仏法を胸に、
これからも折伏と信行に励んでまいります。

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