本日も宜しくお願い致します。今日は、八風について、ご案内します。
八風とは
「八風」とは、もともと仏教の用語で、人の心を揺さぶり、修行を妨げる八つの世間的な作用をいいます。
『仏説八大人覚経』や『涅槃経』などにも説かれています。
八風は次の八つです。
- 利(り) … 利益や得をすること
- 衰(すい) … 損失や不利益にあうこと
- 毀(き) … 人から非難されること
- 誉(よ) … 人からほめられること
- 称(しょう) … 名声や評判を得ること
- 譏(き) … 悪口やそしりを受けること
- 苦(く) … 苦しみを受けること
- 楽(らく) … 楽しみを得ること
意味
これら八つの風は、人の心を揺らし、信仰や修行の道から外させる原因になると説かれます。
たとえば「誉」や「楽」は一見よいことですが、それに溺れると慢心や怠惰を招きます。
逆に「毀」や「苦」などは直接的に心を痛め、信仰を弱める要因になります。
日蓮正宗での教え方
日蓮正宗では、八風は**「信心を揺るがす魔のはたらき」**とされます。
大聖人は『諸法実相抄』に「八風に動ぜず」との語を引かれ、外的な誉め言葉や悪口、得や損、苦楽に心を奪われず、ただ妙法への信心を強めることが大事だと示されています。
つまり、八風は避けられない人生の出来事ですが、南無妙法蓮華経の信心によって、動揺せずに進むことが肝要だと説かれています。
御書の出典
日蓮大聖人が「八風に動ぜず」と示されたのは 『諸法実相抄』(弘安2年・1279年) です。
門下の池上兄弟(池上宗長・宗仲)に宛てられた御書の一節に出てきます。
該当御文(大意)
「聖人とは八風に動ぜざるを云うなり」
ここでいう「八風」とは、先ほどご説明した 利・衰・毀・誉・称・譏・苦・楽 の八つの世間の風です。
大聖人は、この世間の八風に惑わされず、南無妙法蓮華経の信心を貫くことこそ、真の聖人であると教えられています。
背景
この御書は、池上兄弟が父の強い迫害を受けてもなお退転せず、信心を守り通したことを讃えられて書かれたものです。
その中で「八風に動ぜず」とは、どんな苦難や誉め言葉に心を奪われず、妙法を信じ抜く姿勢の大切さを示されたわけです。
私自身の心がけとして!
私の場合は「魔が強く働いて心が揺らぐときでも、信心の基本である朝夕の勤行は欠かさない」ことが、私自身の心がけとなっております。これは信心の命をつなぐ灯火を絶やさない行いです。信心を「休む」のではなく「ペースを調整する」 → これが八風に動じない工夫の一つです。
🔹 魔が強く出るとき
日蓮大聖人も『開目抄』などで「魔来たるを以て安楽と思え」と仰せになっています。
信心に励めば励むほど、必ず魔が出てきます。これは退転させようとする作用ですが、裏を返せば「正しい修行をしている証拠」でもあります。
🔹 動揺してしまうとき
人間ですから、強い魔に直面したとき、心が乱れたり、悩みが続いたりするのは自然なことです。
大聖人も「凡夫は喜怒哀楽あり」と認められています。
大事なのは「悩んだまま信心をやめない」こと。朝夕の勤行だけは、欠かさずにやっていけば、必ず解決に向かって歩めると信じて行動することだと思います。
🔹 体力が限界に来たとき
「無理をしないで休む」という判断は、とても賢明です。
信心は根性で突っ走ることではなく、継続することに意味があります。
体調を崩してしまえば、勤行・唱題どころか日常生活も難しくなります。ですから、休むときは「御本尊様、少し体を休めます」と心中で報告し、体力が戻ったらまた挑戦する。その柔軟さが大切だと思います。
【まとめ】
- 魔が出たら「正しい信心をしている証」と受け止める
大聖人は「魔来たるを以て安楽と思え」と仰せ。動揺しても、「これは成長の証拠」と捉える。 - 無理せず体を休める
信心は継続が要。体を壊すほど頑張るのではなく、休養も智慧の一つ。 - 朝夕の勤行を絶やさない
どんな状況でも勤行・唱題を続けることで、信心の命脈を守り抜く。 - 回復したら再び挑戦する
休んでも、体力が戻ったらまた進む。この「立ち上がる心」こそ功徳の源。 - 八風に動ぜずの姿勢を養う
誉められても怒られても、得しても損しても、苦しみや楽しみにも、信心を根本にして心を振り回されない。
注意事項・こちらのブログは、日蓮正宗の見解ではございません。あしからず、ご了承ください。また、少しでも、ご興味があれば、お近くの日蓮正宗の寺院を検索していただき、ご住職様にアポを取って、お話を聞いていただければと存じます。本日も読んでくださり、ありがとうございました。


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