🌸魔は、こんなにも日常に入り込んでくる
正直に書きます。
私はいつも、「魔」という存在に振り回されているな、と感じています。
魔というと、特別な出来事や大きなトラブルを想像する方もいるかもしれません。
でも実際の魔は、もっと日常的で、もっと巧妙です。
今日もそうでした。
🌸「よし、やるぞ」と思った直後に来るもの
朝はきちんと勤行をして、
一時間しっかり唱題しました。
「今日は日蓮正宗の広宣流布のために、
折伏に向けて、具体的に一歩動こう」
そう決めていました。
買い物に出かけ、
母とお昼ごはんを食べ、
いよいよ午後から――
「さあ、やるぞ」
……と思った、そのときです。
少し眠い。
ほんの30分だけ横になろう。
そう思って布団に入ったら、
気づけば1時間半、ぐっすり。
これはもう、完全に睡魔にやられています。
🌸十分寝ているのに、なぜ眠いのか
実は、前の晩も早く寝ていて、
なんと11時間ほど眠っていました。
それなのに、昼間も寝てしまう。
そして起きたあと、
何が起きるかというと――
- 折伏の意欲が薄れる
- 書こうとしていた気持ちが鈍る
- 「まあ、今日はいいか」という心が出てくる
……はい、やばいです。
今この文章を書いている今でさえ、
正直、少し眠気があります。
🌸これは怠け? それとも魔?
ここで大切なのは、
「自分はダメだ」と責めることではありません。
日蓮大聖人は、
正法を行じようとするとき、必ず魔が競い起こる
と示されています。
しかも魔は、
- 忙しさ
- 体調
- 眠気
- ちょっとした油断
こうした「もっともらしい形」で現れます。
特に、
祈って、やる気が出て、
具体的に動こうとした“その直後”
ここが、一番狙われやすい。
🌸魔は「やる気を奪う」だけでいい
魔は、必ずしも
「信仰をやめさせよう」とはしません。
- 今日だけ休ませればいい
- 少し勢いを削げばいい
- 行動を一日遅らせればいい
それだけで、十分なのです。
だからこそ、
眠気や気力低下は、軽く見てはいけない魔の働きだと、私は感じています。
🌸大事なのは「気づいた後、どうするか」
今日の私は、
完全にやられました。
でも、ひとつだけ救いがあります。
それは、
「あ、これは魔だな」と気づけたこと。
気づけたなら、
もう信心は終わっていません。
- 今日は100点じゃなくてもいい
- でも、ゼロにはしない
- 少しでも正法側に戻る
そのために、こうして文章を書いています。
🌸魔に勝つとは、完璧になることじゃない
魔に勝つというのは、
- 常に元気
- 常に行動
- 常に前向き
になることではありません。
転びながらでも、正法に戻ってくること。
それを繰り返す中で、
信心は鍛えられ、
折伏の力も養われていくのだと思います。
🌸今日は今日、明日は明日
今日は、少し眠気に負けました。
正直です。
でも、
だからといって、
広宣流布の願いまで手放すつもりはありません。
また祈る。
また立て直す。
また一歩を考える。
それでいい。
🌸結びに
魔は、これからも出てきます。
きっと、何度も。
でも私は、
この信仰をやめないと決めています。
眠くなっても、
気力が落ちても、
また正法に戻ってくる。
それができる限り、
魔に完全に負けることはない。
そう信じて、今日はこの一文を、折伏の一歩として終わります。

【注意事項】こちらのブログは、日蓮正宗の見解ではございません。あしからず、ご了承ください。また、少しでも、ご興味があれば、お近くの日蓮正宗の寺院を検索していただき、ご住職様にアポを取って、お話を聞いていただければと存じます。本日も読んでくださり、ありがとうございました。

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