① 日蓮大聖人の出現と時代背景(鎌倉時代)
日蓮正宗の原点は、末法の御本仏・日蓮大聖人の出現にあります。
鎌倉時代は
- 天変地異
- 飢饉
- 疫病
- 内乱
が相次ぎ、人々が「なぜ国は乱れ、民は苦しむのか」と深く悩んでいた時代でした。
この中で日蓮大聖人は、
「国に災いが起こる根本原因は、人々が正法を捨て、邪法に帰依しているからである」
と明確に示され、**『立正安国論』**をもって国家諫暁をなさいました。
👉 ここが重要
日蓮正宗は
「個人の救い」と同時に「社会・国家の救済」を見据えた仏法
として始まっています。
② 大聖人御在世中の大難と正統性
日蓮大聖人は、その教えゆえに
- 松葉ヶ谷法難
- 伊豆流罪
- 竜の口の法難
- 佐渡流罪
という命に及ぶ大迫害を受けられました。
これは仏法上、
正法であるがゆえに三障四魔が競い起こる証明
と位置づけられています。
特に佐渡流罪中に顕された教学は、
「迹門」から「本門」へ、
御本仏としての立場を明らかにされた転換点です。
③ 大石寺の建立と血脈相承
日蓮大聖人は、晩年に
**「この法門を未来永劫に弘める根本道場」**として
駿河国・大石寺を定められました。
そして、
第二祖・日興上人ただ一人に正法を相承されます。
ここが日蓮正宗の最大の特徴です。
- 教えは「誰でも解釈してよい」ものではない
- 御本仏 → 法主 → 僧俗 という
厳格な血脈相承がある
この系譜を守り続けてきたのが、日蓮正宗です。
④ 五老僧の分派と正邪の分岐
日蓮大聖人御入滅後、弟子たちは五派に分かれます。
その中で、
- 日興上人のみが
- 謗法を許さず
- 御遺命を厳守し
- 正統教学を保持
しました。
他の流派が
- 神仏習合
- 世俗迎合
- 教義の簡略化
へ向かったのに対し、
日蓮正宗は「厳しさ」を選び続けたという歴史があります。
⑤ 近代以降の迫害と存続
近代以降も日蓮正宗は、
- 国家神道との緊張
- 戦時中の弾圧
- 戦後の混乱
の中で、
御本尊・法義・血脈を守ることを最優先にしてきました。
数が多いこと、勢いがあることよりも、
「正法を歪めないこと」を選んできた歴史です。
⑥ 現代における分岐と問題提起
現代においては、
「信仰の大衆化」「独自解釈」「組織中心主義」
という問題が顕在化しました。
ここで日蓮正宗は一貫して、
- 御書根本
- 御本尊根本
- 法主上人を中心とした僧俗一致
を堅持する立場を取っています。
👉 これは「対立のため」ではなく、
正法を未来に残すための選択である、
という視点が重要です。
⑦ なぜこの歴史を知る必要があるのか
日蓮正宗を語るとは、
単なる宗派紹介ではありません。
それは、
- なぜ厳しいのか
- なぜ折伏を重んじるのか
- なぜ妥協しないのか
という問いへの答えを、
歴史がすべて語っているということです。
まとめ
日蓮正宗は
「生きやすい宗教」ではなく、
**「正しく生き抜くための仏法」**を守ってきた宗派です。
その厳しさの裏側には、
一人でも多くの人を
末法の闇から救おうとした
日蓮大聖人の深い慈悲があります。

注意事項:こちらのブログは、日蓮正宗の見解ではございません。あしからず、ご了承ください。また、少しでも、ご興味があれば、お近くの日蓮正宗の寺院を検索していただき、ご住職様にアポを取って、お話を聞いていただければと存じます。本日も読んでくださり、ありがとうございました。

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