生年月日1965年6月24日
出身地:徳島県

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第10回

ブログ

冬は必ず春となる ― 悪世末法を生きる⑩

💐恩に報いるとは何か ― 『報恩抄』に学ぶ真実の恩返し

私たちは、生まれてから今日まで、決して自分一人の力だけで生きてきたのではありません。

命を与え、育ててくれた父母。

さまざまなことを教え、導いてくれた師匠。

苦しいときに支えてくれた人。

そして、直接会ったことはなくても、社会の中で私たちの生活を支えてくれている多くの人々。

気づかないところにも、数え切れないほどの恩があります。

しかし、人は苦しいとき、自分が受けた恩を忘れてしまうことがあります。

「自分ばかりが苦労している」

「誰も助けてくれなかった」

そのように思ってしまう日もあるでしょう。

日蓮大聖人様は『報恩抄』の冒頭で、次のように仰せられています。

「夫れ老狐は塚をあとにせず、白亀は毛宝が恩をほうず。畜生すらかくのごとし、いわうや人倫をや」

老いた狐は、自分が生まれた丘を忘れない。

助けられた白亀は、その恩に報いた。

畜生でさえ恩を忘れないのであるから、人間が恩を知り、恩に報いることは、なおさら大切である――という御教示です。

💐『報恩抄』は、誰のために著されたのか

『報恩抄』は、建治2年、日蓮大聖人様が55歳のときに著された重要な御書です。

その年の3月、清澄寺時代の師であった道善房が亡くなりました。

道善房は、大聖人様が幼いころから仏道を学ばれ、出家されたときの師匠です。

しかし、道善房は大聖人様の教えが正しいことを心では理解しながらも、世間の目や周囲との関係を恐れ、念仏への執着を捨て切ることができなかったと伝えられています。

それでも大聖人様は、

「自分の教えに従わなかったから、もう師匠ではない」

とは考えられませんでした。

仏法を学ぶ機会を与えてくださった師として、その恩を生涯お忘れにならなかったのです。

道善房の死を知られた大聖人様は、ご自身で墓参りをすることができない状況の中、『報恩抄』を著して、清澄寺の浄顕房と義城房へ送られました。

そして、嵩が森の頂で二、三度、さらに道善房の墓前で一度、読み上げるようにと託されました。

そこには、師を思う大聖人様の深い真心が表れています。

💐相手に従うことだけが報恩ではない

一般的に「恩返し」と聞くと、親や師匠の言うことに従うことや、物やお金でお返しすることを思い浮かべるかもしれません。

もちろん、感謝の言葉を伝え、できる限り大切にすることは尊い行いです。

けれども、仏法における報恩は、それだけにとどまりません。

たとえ恩のある人であっても、その人が誤った教えによって苦しみの道へ進もうとしているならば、黙って従うことが本当の報恩になるでしょうか。

一時的に嫌われることを恐れず、その人の幸福と成仏を願って、正しい道を伝える。

それこそが、仏法における深い報恩です。

ただし、それは相手を言い負かしたり、自分の正しさを見せつけたりすることではありません。

「この人にも、どうか本当の幸福を知ってほしい」

「今すぐ理解されなくても、いつか正法に気づいてほしい」

その祈りと慈悲を根本に、相手を思って伝えることが大切なのだと思います。

💐師の恩に、仏法をもって報いる

道善房は、大聖人様の教えにすべて従われた方ではありませんでした。

それでも大聖人様は、師の恩を忘れず、正法を顕し、南無妙法蓮華経を弘める大功徳をもって、その恩に報いられました。

『報恩抄』の結びには、次のようにあります。

「されば花は根にかへり、真味は土にとゞまる。此の功徳は故道善房の聖霊の御身にあつまるべし。南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」

花が咲けば、その恵みは根へと帰る。

果実の真の味わいは、それを育てた土にとどまる。

それと同じように、大聖人様が正法を弘められた功徳は、ご自身を育てた師・道善房へと集まっていくと仰せられています。

なんと深い報恩の姿でしょうか。

ただ悲しみ、墓前に花を供えるだけではありません。

自らが正しい仏法を実践し、その功徳をもって、亡き師の追善供養とされたのです。

💐私たちにもできる報恩

私たちは、日蓮大聖人様のような偉大なことはできないと思うかもしれません。

しかし、日々の生活の中にも、私たちにできる報恩があります。

父母や家族を大切にすること。

お世話になった方への感謝を忘れないこと。

寺院へ参詣し、御本尊様に真剣に勤行・唱題すること。

正法を教えてくださった方々への恩を忘れず、信心を守り続けること。

そして、自分だけの幸福にとどまらず、誰か一人の幸福を願って仏法を伝えること。

これらはすべて、尊い報恩の実践です。

亡くなった家族や恩人に対しても、御本尊様にお題目を唱え、追善供養を願うことができます。

大切な人が亡くなれば、「もっと何かしてあげればよかった」と後悔することもあるでしょう。

けれども、亡くなったからといって、報恩の道まで閉ざされるわけではありません。

自分自身が信心に励み、積んだ功徳を故人へ回向することができます。

花が根へ帰るように、真心からの勤行・唱題の功徳は、大切な方への追善供養となるのです。

💐恩のある人と、心がすれ違ったとき

恩のある人と、いつまでも良い関係でいられるとは限りません。

親子でも意見が合わないことがあります。

お世話になった人から、後になって傷つけられることもあります。

師と仰いだ人に、失望することもあるでしょう。

そのようなとき、受けた恩まで、すべてなかったことにしたくなるかもしれません。

しかし、

「恩を忘れないこと」と「相手の間違いに従い続けること」は同じではありません。

自分の心身を守るため、距離を置かなければならない場合もあります。

相手の言動に問題があるなら、黙って耐え続ける必要はありません。

それでも、自分がかつて受けた恩まで否定せず、その人が正しい方向へ進み、幸福になれるよう御本尊様に祈ることはできます。

恨みに支配されるのではなく、感謝すべきことには感謝し、正すべきことは正す。

そこにも、仏法者としての智慧があるのではないでしょうか。

💐最大の報恩は、正法を未来へ伝えること

日蓮大聖人様が、数々の大難を受けながらも正法を弘められたのは、御自身のためだけではありませんでした。

末法のすべての人々を救うためでした。

私たちは今、御本尊様に向かって南無妙法蓮華経と唱えることができます。

苦しいときには御本尊様の前に座り、自分の悩みをすべて申し上げることができます。

人生に迷ったときには、御書を学び、御住職様から正しい御指導をいただくことができます。

これは、決して当たり前のことではありません。

日蓮大聖人様が命にも及ぶ大難に耐え、正法を遺してくださったからです。

第二祖日興上人をはじめ、歴代の御法主上人、御僧侶、そして多くの先達が正法を守り伝えてくださったからこそ、私たちは今、信心することができるのです。

その大恩に報いる道は、いただいた信仰を自分のところで終わらせないことです。

勤行・唱題に励み、御書を学び、御本尊様の功徳を自分の姿で示していく。

そして、苦しんでいる人に、慈悲をもって正法を伝えていく。

その一歩が、仏祖三宝尊への報恩となり、父母や師匠、一切衆生への報恩にもつながっていくのです。

💐感謝は、言葉だけでなく生き方で示す

「ありがとうございます」と言葉にすることは大切です。

けれども、本当の感謝は、その後の生き方にも表れます。

教えていただいた正法を生涯守り抜くこと。

自分が受けた励ましを、今度は苦しんでいる誰かに手渡すこと。

御本尊様からいただいた功徳を、自分だけのものにしないこと。

たとえすぐに相手へ伝わらなくても、誰かの幸福を願って祈り、行動すること。

それが、私たちにできる真実の報恩ではないでしょうか。

誰か一人が正法に目覚め、御本尊様を信じて立ち上がることができれば、その功徳はその人だけにとどまりません。

家族へ、周囲の人へ、そして未来へと広がっていきます。

💐花は根にかえり、功徳は恩ある人へ

今まで自分を支えてくれた人。

信心を教えてくれた人。

すでに亡くなり、直接お礼を伝えられなくなった人。

たとえ人間関係が変わっても、その人から受けた恩が消えるわけではありません。

だからこそ、私たちは御本尊様への信心を根本として、自分にできる報恩を続けていくのです。

花が根にかえるように。

果実の味わいが、それを育てた土にとどまるように。

私たちが積んだ信心の功徳も、父母や師匠、先祖、そして縁ある人々への尊い報恩となっていきます。

今日、私たちが御本尊様に向かい、真剣に唱える一遍のお題目。

誰か一人の幸福を願って語る一言。

その小さな実践の中に、未来へと続く大きな報恩の道があります。

いただいた恩を忘れず、自らも誰かに希望を渡せる人になるために。

今日も感謝を胸に、勤行・唱題と折伏に励み、信心の道を歩んでまいりましょう。

南無妙法蓮華経


今日の問いかけ

あなたが今までの人生で、最も大きな恩を受けたと感じる方は誰でしょうか。

その方への感謝を、これからどのような生き方や信心の実践によって表していきたいと思いますか。

🌸注意事項

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そのため、日蓮正宗を代表する見解ではございません。あらかじめご了承ください。

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