生年月日1965年6月24日
出身地:徳島県

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第16回

ブログ

冬は必ず春となる ― 悪世末法を生きる⑯

🌸御会式とは何か ― 日蓮大聖人様の御精神を未来へ受け継ぐ日

日蓮正宗の寺院では、毎年、宗祖日蓮大聖人様の御会式が奉修されます。

日蓮大聖人様は、弘安5年(1282年)10月13日、池上宗仲の邸において御入滅されました。

それから七百四十年以上の歳月が流れた現在も、私たちは日蓮大聖人様の御書を学び、御本尊様に向かって南無妙法蓮華経と唱えています。

これほど長い年月を経ても、大聖人様の御教えは失われることなく、今を生きる私たちの苦しみを照らし、人生を歩む道を示してくださっています。

今回、私は近くの日蓮正宗寺院で奉修される御会式に参詣させていただきます。

参詣する前に、御会式にはどのような意味があり、私たちは何を心に刻むべきなのかを、あらためて学びたいと思います。

🌸御会式は、ただ御入滅を悲しむ法要ではない

日蓮正宗の公式案内では、宗祖御大会、すなわち御会式について、日蓮大聖人様が御入滅され、「滅不滅・三世常住」の御姿を示されたことをお祝いする儀式と説明されています。

総本山大石寺では、春の御霊宝虫払大法会と並ぶ二大法要の一つとされ、全国の末寺でも奉修されます。

大切な方の命日であれば、一般には亡くなられたことを悲しみ、追善供養をする日と考えるかもしれません。

しかし、御会式は、単に日蓮大聖人様の死を悲しむための法要ではありません。

日蓮正宗では、日蓮大聖人様を末法の御本仏と仰ぎます。

その御生命と御慈悲は御入滅によって消え去ったのではなく、御本尊様と正法の中に常住され、今も私たち一人ひとりを導いてくださっている――。

この「滅不滅・三世常住」の御姿を拝し、御報恩を申し上げることが、御会式の大切な意義なのです。

「滅」とは、御入滅という御姿を示されたこと。

「不滅」とは、大聖人様の御生命と御法魂は決して滅することがないということ。

「三世常住」とは、過去・現在・未来の三世にわたって常に存在し、末法の衆生を救い続けてくださるということです。

御会式は悲しみだけの日ではなく、大聖人様の御慈悲が今も生き続けていることを寿ぎ、感謝する日なのだと思います。

🌸なぜ桜の花をお供えするのか

御会式では、御宝前が桜の花で荘厳されます。

日蓮大聖人様が御入滅されたとき、大地が振動し、初冬であるにもかかわらず、庭の桜が一斉に花を咲かせたと伝えられています。

そのため、御会式では桜の花をお供えし、大聖人様の御入滅に際して示された瑞相を表します。日蓮正宗の公式案内にも、総本山と全国の末寺で桜の花を作り、仏前を荘厳すると記されています。

秋に咲く桜は、季節の常識を超えた、不思議で美しい光景だったことでしょう。

それは、御本仏の御入滅を天地が惜しみ申し上げると同時に、御生命が永遠に常住されることを示したものと拝することができます。

御宝前に飾られた桜を拝見するときには、ただ美しいと眺めるだけではなく、

「日蓮大聖人様の御教えは、今も私たちの生命に花を咲かせてくださっている」

と受け止めたいと思います。

🌸『立正安国論』と御申状が捧読される意味

御会式では、『立正安国論』と御歴代上人の御申状が捧読されます。

御申状とは、日蓮大聖人様の『立正安国論』の御精神を受け継ぎ、正法によって人々を救い、国土の安穏を実現するよう訴えられた書状です。

『立正安国論』の「立正」とは、正法を立てること。

「安国」とは、国土を安穏にし、そこに生きる人々が安心して暮らせる社会を築くことです。

日蓮大聖人様は、災害、疫病、飢饉、争いによって人々が苦しむ姿をご覧になり、その苦しみを決して他人事にはされませんでした。

ご自身が迫害され、命に及ぶ難に遭われても、すべての人々を救うために正法を弘め続けられました。

御会式で『立正安国論』や御申状が捧読されるのは、大聖人様の御入滅を偲ぶだけでなく、その御精神と広宣流布の誓願が、現在も受け継がれていることを表しているのだと思います。

🌸大聖人様への報恩とは

私たちは、苦しいときに御本尊様へ向かい、お題目を唱えます。

病気、人間関係、仕事、生活、家族のことなど、誰にも言えない悩みを御本尊様に申し上げ、何度も助けていただきます。

しかし、悩みが解決したときだけ感謝し、苦しくなれば信心を疑うのではなく、日々御本尊様に向かえること自体が、どれほど尊いことなのかを忘れないようにしたいと思います。

私たちが今、南無妙法蓮華経と唱えられるのは、日蓮大聖人様が命を懸けて正法を顕され、第二祖日興上人様をはじめ、御歴代上人がその法灯を守り伝えてくださったからです。

では、その御恩に、私たちはどのようにお応えすればよいのでしょうか。

多くの特別なことができなくても、

毎日の勤行・唱題を大切にする。

御書を学び、正法への理解を深める。

苦しんでいる人に寄り添い、温かな言葉をかける。

自分がいただいた信心の喜びを、慈悲をもって誰かに伝える。

間違いに気づいたときには、素直に反省して改める。

この一つひとつが、大聖人様への報恩につながるのだと思います。

🌸御会式に参詣する私の決意

今回、私も近くの日蓮正宗寺院で行われる御会式に参詣します。

日常生活の中では、仕事や人間関係に追われ、疲れてしまうことがあります。

自分の悩みだけで心がいっぱいになり、信仰の原点を見失いそうになることもあります。

だからこそ御会式では、七百四十年以上前に命を懸けて末法の衆生を救おうとされた、日蓮大聖人様の深い御慈悲を思いたいと思います。

御宝前を荘厳する桜の花を拝し、『立正安国論』と御申状の捧読を拝聴しながら、

「私は、何のために信心をしているのだろう」

「いただいた御恩に、どのようにお応えしていけるだろう」

「苦しんでいる人に、どのような言葉を届けられるだろう」

と、自分自身に問いかけたいと思います。

そして、参詣したことだけで満足するのではなく、御会式で感じた感謝と決意を、その後の勤行・唱題、生活、折伏へつなげていきたいと思います。

🌸七百四十年以上を経ても消えない光

時代が変わっても、人間の苦しみの根本は変わりません。

欲望、怒り、嫉妬、孤独、病気、争い――。

現代も、多くの人が生きる意味を見失い、誰にも相談できずに苦しんでいます。

そのような末法の世に生きる私たちへ、日蓮大聖人様は南無妙法蓮華経という、成仏の道を遺してくださいました。

七百四十年以上の時を経ても、その御教えは古びることなく、今を生きる一人ひとりの生命を照らし続けています。

御会式とは、その大きな御恩を思い、大聖人様の御精神を自分の信心と行動に受け継ぐ日なのだと思います。

大聖人様が御生涯をかけて願われたのは、人々が正法によって苦しみを乗り越え、真の幸福を得ることでした。

その御心を忘れず、まず目の前の一人の幸福を願うこと。

苦しんでいる人を責めず、共に祈ること。

自分自身も御本尊様への信心を貫き、一日一日を誠実に生きること。

今回の御会式を、あらためて信仰の原点へ立ち返り、大聖人様への報恩感謝を深める機会にしたいと思います。

そして、日蓮大聖人様の御慈悲と正法の光を、次の時代へ伝える一人になれるよう、これからも精進してまいります。

南無妙法蓮華経


今日の問いかけ

あなたが今、日蓮大聖人様と御本尊様からいただいている御恩は、どのようなものでしょうか。

そして、その感謝を、今日からどのような信心と行動に表していけるでしょうか。

🌸注意事項

こちらのブログは、日蓮正宗の公式見解ではなく、信徒である私個人の体験や考えをもとに執筆しております。

そのため、日蓮正宗を代表する見解ではございません。あらかじめご了承ください。

少しでもご興味をお持ちになりましたら、お近くの日蓮正宗の寺院へご連絡いただき、ご住職様にお話を伺っていただければ幸いです。

また、「信仰について少し聞いてみたい」「ブログの内容について質問したい」という方は、下記メールアドレスまでお気軽にご連絡ください。

📩 mayumin.gosodan@gmail.com

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本日も最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。

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