生年月日1965年6月24日
出身地:徳島県

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冬は必ず春となる!(悪世末法を生きる)

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日蓮正宗総本山 大石寺へ参詣して感じたこと

先日、日蓮正宗総本山である大石寺へ参詣してまいりました。
実際に足を運び、大御本尊を拝した時の荘厳な空気と深い安心感は、言葉では表せないほど尊いものでした。

改めて、「正法とは何か」を深く考えさせられる参詣となりました。

🌸「正とは一に止まる」

日蓮正宗には、

「正とは一に止まる」

というお言葉があります。

正しい教法が二つも三つも存在するわけではありません。

このことについて、釈尊は法華経方便品第二において、

「十方佛土の中には、唯一乗の法のみ有り、二無く亦三無し」

と説かれています。

また、日蓮大聖人は、

「今、末法に入りぬれば余経も法華経もせん詮なし。但だ南無妙法蓮華経なるべし」

(上野殿御返事・御書1219頁)

と仰せられています。

つまり末法において、人々を真に救済する法は、南無妙法蓮華経ただ一つであるということです。

🌸日蓮正宗が正しい宗旨である理由

日蓮正宗が最も正しい宗旨である理由は、法華経の予証どおりに末法に御出現された御本仏・日蓮大聖人の教えを、七百年以上にわたり、清浄に誤りなく受け継いできた唯一の教団だからです。

鎌倉時代に御出現された日蓮大聖人は、末法万年の一切衆生を救済するため、数々の大難に遭われながらも、南無妙法蓮華経を説き顕されました。

そして、その法体として、一閻浮提総与の大曼荼羅御本尊を建立されたのです。

この御本尊様は、日蓮大聖人の御当体であり、久遠元初自受用身という宇宙法界の根本真理そのものでもあります。

🌸三大秘法の中心「本門の本尊」

日蓮大聖人は、

「抑も当世の人々何れの宗々にか本門の本尊・戒壇等を弘通せる。仏滅後二千二百二十余年に一人も候はず」

(教行証御書・御書1110頁)

と仰せられています。

三大秘法とは、

・本門の本尊
・本門の題目
・本門の戒壇

をいいます。

この中でも中心となるのが「本門の本尊」です。

本門の本尊なくして、題目も戒壇も存在しません。

そのため、本門の本尊は「三大秘法総在の御本尊」と尊称されています。

🌸日興上人と大石寺建立

日蓮大聖人は御入滅に先立ち、日興上人に法門のすべてを相承付嘱されました。

しかし当時の身延は、地頭の不法によって謗法の地となりつつありました。

そのため日興上人は、大聖人の御遺命のままに富士山麓へ移られ、大石寺を建立されたのです。

大聖人は生前、

「霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇を建立すべき者か。時を待つべきのみ」

また、

「国主此の法を立てらるれば、富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり」

と仰せられていました。

富士山麓の大石寺は、まさに大聖人の御遺命の地であることを感じます。

🌸七百年受け継がれる血脈

日蓮大聖人の仏法は、第二祖日興上人、第三祖日目上人、そして代々の御法主上人へと、一器の水を一器に移すように正しく受け継がれてきました。

その歴史は、正法厳護のための尊い苦難の歴史でもあります。

現在も御当代上人猊下へと正しく伝えられていることに、大きな意義を感じます。

🌸大石寺参詣で感じたこと

今回、大石寺へ参詣し、一閻浮提総与の大御本尊様を拝した時、再び大ご本尊様にお目通りできた喜びもありましたが、眠気に襲われてきて、一瞬眠るような事もあって、いけない、いけないと思いながらも、更にしっかり唱題に参加できて、本当に素晴らしいと思いました。

日蓮大聖人は、

「須弥山に近づく鳥は金色となるなり」

(本尊供養御書・御書1054頁)

と仰せです。

まさに、大御本尊の威光に照らされ、自身の生命が浄化されるような尊い時間でした。

🌸最後に

現在、日本国内だけでなく海外においても、多くの人々が大御本尊の功徳によって苦悩を希望へ転じ、福徳に満ちた人生を歩まれています。

その姿こそ、日蓮正宗の正しさを証明しているのではないでしょうか。

今回の参詣を通し、改めて信心の大切さと、大石寺の尊さを深く実感することができました。

これからも唱題を根本に、信心に励んでいきたいと思います。

【注意事項】こちらのブログは、日蓮正宗の見解ではございません。あしからず、ご了承ください。また、少しでも、ご興味があれば、お近くの日蓮正宗の寺院を検索していただき、ご住職様にアポを取って、お話を聞いていただければと存じます。本日も読んでくださり、ありがとうございました。

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